山陰海岸ジオパーク野外学習ハンドブック(鳥取砂丘を中心にして)

砂簾の形成プロセス

位置 観察ポイント(図1)

第2砂丘列南側急斜面
第2砂丘列東端北側急斜面
追後スリバチの急斜面

観察に適する時季

10月~12月あるいは3月~5月,
荒れた天気の後で,微風か無風の晴天日


図1 砂簾が観察しやすい地区(鳥取県撮影の空中写真に加筆)

選定理由

観察できる頻度が少ない微地形ではあるものの,成因を理解すれば,いろいろな成長段階の砂簾景観に注意が向き,その存在に気がつく。

地形地質の意義

乾燥岩屑粒の動態や停止の様子を現地で観察でき,安息角の意味を考えるきっかけとなる。


図2 砂簾の典型例
2008.11.20 第2砂丘列南向き斜面頂部付近にて撮影

解説

1)砂簾とは(図2)
 乾燥した砂が集団で流れ下り(乾燥岩屑流),斜面の途中で停止することで1本の舌状地形をなす。これらの舌状地形が何本も複合することで簾状の微地形が生まれ,「砂簾」と呼ばれる。第2砂丘列や追後スリバチの急斜面(滑落斜面)上部に見られることが多い。

2)2種類の砂簾(図3)
 強風をともなう降雨の後,微風の晴天日が続くと,数日間観察される「小型の砂簾」は,幅10cmほど,長さ数mの規模で発生する。湿った斜面を乾燥した岩屑流が流れ下り,色のコントラストが鮮やかで砂簾の景観を引き立たせている。いっぽう,快晴日が続いた時に観察される「大型の砂簾」は,幅数10cm~2m,長さ20mほどに達する。乾いた斜面を流れ下り,色のコントラストに乏しい。乾燥岩屑流の流動を見るには,大型タイプの方が迫力満点である。

図3 小型と大型,2種類の砂簾景観 図3 砂簾形成時の砂面傾斜角の分布

 2種類の砂簾には共通点がある。乾燥岩屑流の発生域が上部にあり,その下部に流動停止域が続く。発生域の斜面傾斜は図4に示すように36度~42度と安息角より急であるのに対して,流動停止域は31度~34度と細砂の安息角を示す。発生域の斜面が安息角より急になるのは,降雨により砂が湿ったことによる(図4)。


図4 細砂の安息角に及ぼす湿り気の効果を示す実験

3)砂簾の形成実験(図5)
 幅40cm,長さ1.5m,深さ10cmの平面水路に,細砂を厚さ4cmで敷き,霧吹きで砂を湿らせ水路を33度に傾けた。上流40cm区間には,さらに砂を盛り,傾斜38度の砂面とした。38度区間に自作のヒーターをかぶせて,砂面を乾かし経過を観察した。
その結果,実験開始6時間後には,「小型の砂簾」にそっくりな景観が形成された(図5)。このまま自然乾燥させ24時間後には,砂面全面が乾き,「大型の砂簾」と酷似した乾燥岩屑流へと変化した。


図5 砂簾の形成過程をさぐる実験 (左:実験の初期状態,右:経過時間に応じた砂簾の形態変化)

4)砂簾の形成プロセス(図6)
 降雨をともなう強風時,砂丘列の風上側から飛ばされてきた砂の一部は,風下側斜面上部に発生する剥離渦に取り込まれ,砂丘列風下側斜面の頂部に付着し,湿り気のために安息角よりも急な斜面をなす。微風で穏やかな天候条件になると,次第に砂面が乾燥し,安息角よりも急な斜面は不安定となり,崩壊して乾燥岩屑流となる。砂簾が砂丘列風下側斜面の頂部付近でしばしば観察される理由がここにある。


図6 砂簾の形成プロセスを示す模式断面図(時間経過に応じて左図から右図へ)

5)傾斜一定の斜面途中で,なぜ砂簾は流動を停止する?
 砂丘列の風下側は傾斜32度~33度の安息角斜面であり,流動を開始した砂簾はこの一様傾斜の斜面上でしばしば停止する。この理由は,粒度偏積(へんせき)(粒子の大きさによる平面的鉛直的な分級,粒径の偏り)により,内部摩擦角が増加することに求められる。つまり,現地ならびに模擬実験の計測より,砂簾は流動にともない粗い粒子が前縁部や縁辺部に集まり,細かい粒子が底部に残留することがわかった(図7)。


図7 砂簾形成模擬実験における粒度偏積の結果

 これは模式図を図8に示すように,混合粒径からなる岩屑流の内部で,流下にともない必ず発生する粒度偏積プロセスによると考えられる。すなわち細かい粒子は,粗い粒子がつくる間隙をすり抜けて重力方向に移動できるものの,逆に粗い粒子は間隙に落ち込むことが出来ない。そのため流下するにつれて細かい粒子は鉛直下方へ,粗い粒子ほど上方へと移動して,粒度偏積が生じる。すると同一粒径のものが集まるために粒子同士が互いに噛み合い,粒子間の摩擦抵抗が増し,その結果が内部摩擦角の増大を招く。また細粒粒子は底部に残留するため,砂簾が流下するにしたがって砂簾をつくる砂集団の体積は次第に減少する。これらの作用が複合して,乾燥岩屑流が一様傾斜の斜面途中で停止すると予想される。
 乾燥化が進むにつれて砂簾が大型化するのは,流下過程で乾燥した斜面から新たな砂の取り込みが起こるため,と考えられる。これにより粒度偏積の度合いも弱められ,流下する砂の体積も増大するため,流動が長距離におよぶ。

6)砂簾が観察されやすい気象条件
 鳥取地方気象台の気象データから,風速と降水量に関しては湖山観測所(鳥取空港出張所)の値を,日照時間に関しては鳥取地方気象台の値を使用した。解析した期間は2008年12月1日から2009年11月30日までで,日ごとの気象観測値(日平均風速,日降水量,日当たりの日照時間)を用いた。以下の条件を満たす日数を月ごとに調べた。つまり平均風速5 m/sec以上の風が吹きかつ降水があった日から2日以内に,平均風速5 m/sec未満の微風でかつ日照時間が5時間以上ある日をカウントした。

 条件を満たす日数は,月ごとに偏りがある(図9)。砂簾が形成されやすいのは春の時期といえる。次に冬,秋,夏の順となる。しかし,1月と2月は必要条件である日照時間は満たすものの,実際は外気温が冷たく,また降雪の影響もあり,砂の乾燥速度が遅くなるため,砂簾の形成には至らない可能性が高い。同様に6月は梅雨の影響で砂丘砂の水分量が多く,乾燥に時間がかかると考えられる。そこでこれらの月の棒グラフの色を変えて示した。以上のことを考慮に入れると,砂簾が観察される機会が多いのは,春と秋であることが理解できる。




図8 流下にともない砂簾内部で発生する粒度偏積のプロセスを示す模式図


図9 砂簾が形成される気象条件を満たす日数(2008年12月1日~2009年11月30日)

(小玉芳敬;2010.09.30)