山陰海岸ジオパーク野外学習ハンドブック(鳥取砂丘を中心にして)

火山灰層

選定理由

古砂丘と新砂丘の区分や砂丘形成の年代を知る手がかりとして貴重

位置図

(国土地理院発行2.5万分の1地形図「鳥取北部」を使用)


○ 火山灰露出地(2009.11.6現在)
× 観光土産店裏の火山灰層露頭位置

解説

1.火山灰の露出
  鳥取砂丘を歩いていると,砂地のはずなのに赤土のような地面が広がっている場所にぶつかることがある。よく見ると,黄褐色をした直径1~2cmほどの粒子が密集したところや,茶色っぽくて細かい土のところがある。実はこれこそが,鳥取砂丘の最も貴重である所以の火山灰層なのだ。砂丘地内では水平な地面として露出しているが,飛砂が強ければすぐに覆われてしまうので,常に同じ場所で見ることができるわけではない。観光土産店の裏手の低い崖にも露出する場所があり,そこでは火山灰層の垂直な重なり方をいつでも観察できる。

砂丘地内における火山灰層の露出観光土産店裏の火山灰露頭

2.大山倉吉軽石
 この崖の最下部と最上部はいずれも砂丘の砂で,火山灰層はその両者の間に挟まっているのがわかる。火山灰層は厚さが約2.5mあり,その中部130cmほどが上記の黄褐色の粒からなる層で,これは大山火山の噴出物であることがわかっている。約5.5~5.9万年前頃の大噴火の際に,上空高く吹き上げられた火山灰が風に乗って東へ流され,鳥取県東部一帯からさらに東方へ広く降り積もったものである。ところで,火山灰とは直径2mm以下の細かい噴出物のことを指す言葉で,したがって径2~3cmの粒子の層は厳密には火山灰層ではなく,軽石層とよばれる。この軽石層は倉吉市付近で厚く典型的に観察できるので,大山倉吉軽石層(略号はDKP)という名前がつけられている。軽石は,マグマが急激に冷えて固まった,ガスの抜けた気泡に富む火山ガラスの塊であって,本来は白く堅い粒子であるが,大山倉吉軽石は著しい風化のためガラスが粘土化して柔らかい粒子となっている。風化に耐えて残存している鉱物には,軽鉱物として斜長石,重鉱物として角閃石・斜方輝石・黒雲母・鉄鉱物が含まれる。鳥取砂丘では,この大山倉吉軽石層という年代の分かっている地層によって,年代資料に乏しい砂丘砂層を軽石層の降下以前にできた古い砂丘砂(古砂丘という)と,以降にできた新しい砂丘砂(新砂丘という)とに区分できるのである。


大山倉吉軽石に含まれる重鉱物の顕微鏡写真
粒径:1/4~1/8mm,Ho:角閃石,Opx:斜方輝石
(ほかに黒雲母と鉄鉱物がある)

3.下部ローム層と三瓶木次軽石・阿蘇-4火山灰
 大山倉吉軽石層の下には,明瞭な境界をもって赤味がかった褐色の火山灰質土壌(下部ローム層とよぶ)が見られる。境界直下のロームには縦のひび割れが目立つが,この部分は乾いた状態では白っぽく見える。ローム層を上から下に注意深く見ていくと,いつの間にか砂混じりになり,さらに下に追うと灰白色の古砂丘砂になる。砂混じりの部分は,古砂丘表層の風化帯であるが,ローム層との境界ははっきりしない。このローム層は厚さが60cmほどあるが,約12cmごとに区切って試料を採取し,実験室内で分析した結果,大山火山起源以外の火山灰が検出された。分析は,試料に含まれる強磁性鉱物のキュリー温度測定である。一般に,火山灰中には強磁性鉱物として鉄鉱物が含まれ,そのキュリー温度は同一の火山灰では同じ値を持つ。逆に言えば,異なる火山灰では異なったキュリー温度となることが多い。下の図はこの分析結果(試料は砂丘地内の火山灰露出地点で採取)で,ローム試料からは阿蘇4火山灰(Aso-4)に特有な380℃,および三瓶木次軽石(SK)に特有な510℃と560℃のキュリー温度が得られている。三瓶木次軽石は島根県三瓶山起源の約11万年前の噴出物であり,阿蘇4火山灰は九州阿蘇カルデラ起源の約9万年前の噴出物である。したがって,このローム層の形成年代はほぼ9万年前であり,また,三瓶木次軽石の値が古砂丘上部の風化帯からも得られることから,古砂丘はおよそ11万年前にはできあがっていて,その表層は風化にさらされていた,ということができる。


試料中に含まれる強磁性鉱物のキュリー温度測定結果

4.上部ローム層と姶良Tn火山灰・クロボク
 ローム層は大山倉吉軽石層の上にもあり,上部ローム層とよぶことにする。こちらは赤味のない褐色で,厚さは下部ローム層とほぼ同じ60cmほどである。観光土産店裏の崖でははっきりとは観察できないが,このローム層には鹿児島湾の湾奥部をつくる姶良カルデラ起源の火山灰が挟まれている。姶良Tn火山灰(AT)とよばれ,噴出年代は2.6~2.9万年前頃で,鳥取県下には20cmほどの厚さで降り積もったものである。この火山灰のおかげで,その上位にくる新砂丘の形成は2.6~2.9万年前以降であると明言できるのである。なお,新砂丘直下のローム層最上部には黒色を呈する土壌(クロボクとよばれる)があり,この色は当時の地表に繁茂した植物由来の有機物による。姶良Tn火山灰とクロボクの写真を関金町での例であるが,以下に掲げておく。ここでは両者の間に大山上部火山灰が挟まれている。


姶良Tn火山灰とクロボク(関金町)
スケールは1m

 姶良Tn火山灰の大きな特徴は,大山の火山灰にはほとんど見られない火山ガラスを豊富に含むことである。姶良Tn火山灰や阿蘇4火山灰,三瓶木次軽石のように,それぞれの噴出源地域を越えて遠方まで広域に分布するものを広域火山灰あるいは広域テフラという。日本列島のような北半球の中緯度地域では,上空に吹き上げられた火山灰は偏西風にのって噴出源から東方へ運ばれるのが一般的である。広域テフラの噴火は大規模であり,噴煙も高く上がるため,例外なく東へ偏った分布をしている。実は大山倉吉軽石も広域テフラの一つで,大山からやや北よりの東へ運ばれ,遠く関東北部まで到達したことが分かっている。

姶良Tn火山灰中に含まれる
火山ガラス(粒径:1/4~1/8mm)の顕微鏡写真
主要な広域テフラの分布
(町田・新井,2003)