- 鳥取敬愛高等学校出身
- 鳥取大学地域学部地域教育学科
2019年卒業
江山学園(4年生担任)
長谷川 れい(はせがわ れい)










「人を育てる」を信条に、
厳しく、優しく、子どもと向き合う。
かつては、地域の中に子どもを見守り、時に厳しく導く大人の姿があった。挨拶の大切さや、人としての基本を丁寧に伝える存在である。長谷川先生が子どもたちと向き合う姿には、どこかその面影が重なる。
「子どもたちからは、怖くて口うるさい先生だと思われているかもしれません(笑)。でも、社会に出れば、そういう存在は必ずいます。私はこの学校で、その役割を担えたらいいかなと思っています」
そう言って、はつらつと笑った。鳥取市の小中一貫校・江山学園で教員生活6年目。日々、子どもたちとまっすぐ向き合っている。

いろんなことができる楽しさ
子どもの頃から好奇心旺盛だった。小学校3年生から始めた競技エアロビクスでは、毎週末に岡山県まで通った。鳥取大学時代はダンス部に所属し、今も友人たちと練習を続ける。高校では社会部に入り、海外での探究活動にも力を注いだ。
「高校時代はさまざまな国を訪れました。言語の違いがある場合もそうですし、言語にハードルがある子についても自分で勉強していたこともあり、言葉が通じない状況でいかに人が社会のなかで分かりあうかに興味がありました。鳥取大学ではその分野を研究されている先生がいると知り、進学を決めました」
人への関心は、やがて教育へと向かっていく。
「両親がともに小学校教員で、教え子から『長谷川先生!』と声をかけられる姿を見て育ちましたし、定年まで続けられる仕事には、きっと大きなやりがいがあるのだろうと感じていました」
身近な働く姿が先生だったことも進路選択に影響したが、なかでも小学校教員を選んだのは、自分に合っていると感じたからだという。
「国語の教員免許も持っているんですけど、中学や高校になるとより専門性が求められます。私はそれを一つに絞って極めるタイプかというと、少し違う気がしました。昔からいろいろなことに興味があって、さまざまな教科がある小学校なら、自分の力を発揮できるのではないかと思いました」

“答え”ではなく、“根本”を教える
「次がテストですからね。『美しさ』にどうやったら近づけるか、一人ひとりが考えながら最後の練習をしましょう」
午後の明るい日差しが入る体育館に、大きくよく通る声が響く。この日は体育のマット運動。タブレットで互いのフォームを撮影し合う子、先生に補助を受けながら技に挑戦する子――それぞれが自分に合った方法で練習に励んでいた。
「小学校の先生は、答えを教えるのではなく、その子がどうやって自分なりの答えにたどり着くかを一緒に考える仕事だと思っています。技が成功すること以上に、そこまでにどう考え、どう取り組んだかが大切なんです」
だからこそ、先生は「完璧な存在」である必要はないと語る。教師も一人の人間。できることもあれば、苦手なこともある。「実は、鉄棒があまり得意じゃないんです」と笑う長谷川先生。鉄棒が上手な子に見本を見せてもらったり、映像を参考にしたりしながら授業を進めることもあるという。教師がすべてを示すのではなく、ともに考え、ともに学ぶ。その姿勢こそが、子どもたちに「自分で考える力」を手渡している。
教育観を語る言葉の端々には、まっすぐな信念がにじむ。その根底にあるのは、「この仕事が楽しい」という率直な思いだ。
「先生という仕事の面白さは、自分が経験してきたことや感じたことを活かせるところにあると思います。少し大げさかもしれませんが、先生はどんなことでも“先生”になれる。給食のときの魚の身の取り方や、掃除の仕方だって、教えることができるんです」
大学時代にダンスをしていた映像を子どもたちに見せたり、運動会で全校の前で踊って見せたりすることもある。子どもたちのために、自分の中にある引き出しを惜しみなく開く。その姿勢もまた、長谷川先生らしさの一つだ。

社会で働き、生きていける人間を育てたい
大事にしていることはなんですか−−。その問いに、間髪入れずに答える。
「社会に出て、働いて、生きていける人を育てること、です」
その思いの背景には、初任地での経験がある。2年間、特別支援学級の担任を務めた。情緒が不安定になり、テストの内容が分からず答案用紙を丸めてしまう子。怒りが抑えきれず、机を投げてしまう子。教室には、日々さまざまな出来事があった。
「中学校までは特別支援学級に在籍できますが、高校受験では通常学級の子どもたちと同じ試験を受けることになります。この子たちは、高校に進めるだろうか。社会に出たとき、困らないだろうか――そう考えると、不安になりました。担任として関わるのは、人生の中のわずか一年かもしれません。それでも、その一年が子どもたちのこれからを左右するかもしれない。だからこそ、社会に出たときに困らない力を、少しでも身につけさせてあげたいと思ったんです」
そのとき抱いた思いは、今も長谷川先生の中に生き続けている。芯の強さや、ときに見せる厳しさ。その奥にある優しさの理由が、そこにあるように感じた。子どもたちの表面の行動を叱るのではなく、根本に目を向ける。
「怒ったら教室を飛び出してしまったり、つい手が出てしまったり。そのことが良くないことだと教えるだけでは解決しません。本人もそうすることでしか気持ちが表せなくて困っている。でも、どうやったらそれをやめられるか、その子は知らないんです。それを知らないまま育ったら社会に出ても、暴力で解決する大人になってしまうかもしれません。だから、一緒にどうやったらいいかを考えていくんです」
これまで、教室を飛び出してしまう時に、行き先を書いたカードを置いてもらったり、お互いの間にだけわかる合図を決めたり、相談しながら解決策を探ったことも。通常学級の担任をする今も、それぞれの個性に合わせて“根本”に向き合う。
「宿題を毎日してこない子がいたら、家に帰ってからどう過ごしているのかを一緒に書き出してみるところからやってみます。そこまで教員がしなくてもいいのかもしれませんが、その子が少しでも生活リズムを掴んでくれて過ごしやすくなったらいいじゃないですか。そういうときに、ほんの少し社会に貢献できた気がするんです」
そう言って微笑んだ顔は、とても優しかった。厳しさは、優しさ。真っ直ぐな視線は、今日も、子どもたちに向けられている。
※教員のプロフィールは2025年度の情報です。