プログラムPROGRAM

ことばの再発明
−鳥取で「つくる」人のためのセルフマネジメント講座−

講演④ 熊野森人×高橋裕行

2020.09.23

テキスト:藤田和俊 / イラスト:蔵多優美

1期から続いてきた「ことばの再発明」もいよいよ最後の講演となる2期DAY3が行われた。豪華な講師陣の最後を締めくくるのは、クリエイティブディレクターの熊野森人さんと、キュレーターの高橋裕行さんの二人。両者とも本質を的確に捉えて言葉に落とし込んでいくことに長けていながら、そこに迫るまでの視点の持ち方やアプローチに違いがあり、興味深い内容となった。この日もZoomを使った講座で、受講者と聴講者を合わせて約35人が参加した。

1. 自己紹介と活動紹介

熊野森人さん


クリエイティブディレクターという仕事を「うまくっていないことをうまくいくようにするためのプランを作る」ことだと表現した熊野さん。大学講師の経験も長く、学生への授業で実践している内容を教えてくれた。
そのために必要なことの一つが「視座の置き方」。「後ろ向きに学校から近くのマクドナルドまで歩く」や「何らかのコンテストで受賞する」という課題を出し、新たなを視点を発見する力や考える力をつける。後者の課題は「自分がこれを作りたいという作家的思考はいらない。人が求めていること、そこで評価されることはどういうことかを考える」ことが目的だという。つい主観的な視点でばかり考えてしまう者にとって、大きなヒントとなる考え方であった。
必要なことのもう一つは「解像度を高め、考えること」。自分自身の思考や問いが明瞭でないと人には伝えられない。まずそれを、はっきりと見ることができる解像度にしておくことが大事で、その次に、それを他者に伝えるためにどうするかを順序立って考えることが大切だと話された。

高橋裕行さん


高橋さんはキュレーターとして、展覧会や道後温泉(愛媛県)での現代アートの場づくりを行っている。また企画や本の執筆、編集者に近い活動も行っており、自身の仕事の全体を「新たな文脈を生んでいくこと」と評した。 さらに自身の仕事の分野を9つに分類し、それぞれ工夫している点を紹介。例えば「まとめる」では、字数を制限したりタイトルをつけてみる。「論じる」では、「好きなものの中の嫌いを探す」など逆視点で考えるという。展覧会など「並べる」仕事では、「小から大、大から小など、色や形や間隔などを踏まえ、入口から出口まで順路を考える」ことによって伝える方法を探っていくそうだ。高橋さんは歴史や哲学などの幅広い知識を背景とする広い角度を持った視点を駆使して、さまざまな切り口で問題を捉えておられた。

2. 対話


二人の自己紹介が終わると、お互いに気になったところや、参加者から寄せられた質問に答えながら持論を展開していく対話の時間となった。

どう伝えるか

高橋さんがライゾマティクスと共同制作した映像作品について、「コミュニケーションにおいて難しいのはバックグラウンドが違うこと。その溝をどう埋めるか。結構、調整が必要だったのでは?」との質問が寄せられたところから対話がスタート。ここから話は、クライアントへの伝え方、さらには「人に伝えるためにどうするか」を議論していく流れになった。
「同じ内容でも、それを誰が言うかによって通るか通らないかが決まることもある」と、発信者のカリスマ性や伝達力の重要さを語る熊野さん。高橋さんは、「ユーザーが求めるものを突き詰めるデザイン思考、自分のやりたいことを突き詰めるアート思考があるが、僕は『プレゼント』として考える。自分が渡したいもので、人が喜ぶものを渡そうとしている」と話した。

外にある表現、内にある根

「伝える」ことについて考える上で、二人とも時代の変化を感じると意見が揃った。「今の時代は、相手のレスポンスを見て、それに作品を合わせていくことも多い」と高橋さんが言えば、熊野さんも「他と違うことをリスクとし、『ウケる』ものが正義になった。昔は、表現とは内発的なものだという認識があったけど今は違う」と指摘。つまり「表現が外にある」とも言える時代になったという。
一方で、両者ともに「内」も重要だと話した。高橋さんは「結局は、居ても立っても居られないもの、つまり根みたいなものを持ちなさい、ということ。自分の好きなものが見つけられないという人が多いが、例えばワインなら、最初は酸っぱいか甘いか、どちらかを選ぶだけ。その感覚からどんどん細かくしていけば良い」とアドバイスした。

何に価値があるのか

「今後も残るメディアとは」という質問に対して、唐突に「今、徒然草を読んでいるんですよ」と高橋さん。「徒然草も最初は残すつもりじゃなかったと思うけど、結果的に長く残った。人間の情や思うことって、実は昔と今であまり変わらないのかもしれない。また、それを現代訳するときにどの程度解像度が落ちるかといったことを考えたい」。熊野さんは「必ずしもロングライドなものが良いというわけではない。一瞬でも蛍のように光ることもあるから、決めつけるのは良くない」と話した。この考え方は、情報やメディアが生まれては消えるスピードが速い現在だからこそ、大事にしたいと思えた。

センスはどう磨く?

時代の変化は「多様性」の点でも変わってきた。「他人と違うことをどう捉えていくか、またセンスをどう磨くべきか」という質問に対し、熊野さんは「視点はそもそも人それぞれ違うものなのだから、そこに自信を持つことが大事」と説いた。「普通はこう、一般的にはこう、というようなマジョリティーはなくなり、みんながマイノリティーの時代。自身が良いと思うことを、人になんと言われようがやるだけ」と話し、高橋さんも「新しいセンスを探すのは冒険。それには大冒険もあれば、散歩道のような小さな冒険もある。『冒険』と定義すれば冒険になる」と話した。日常で周りに起こることをどう捉えるかというところからも、センスは磨けるのだという指摘でもあるだろう。

 

今回の講座も学ぶべき点が多くあったが、中でも「表現は内でも外でも、過去でも未来でもない」という言葉が印象に残った。発したい何かがあって、伝えたい相手がいる。その目的を達成するためには、自分の思考を整理し、相手を知り、また時代や社会を知ることが求められる。またそれゆえ、場所や時間や相手によって、言葉は変化する。私たちはそのことを理解し、コミュニケーションの中で言葉や表現を届けるために考え続けないといけないというわけだ。

以上、計4名の講師による2回の講演と、別日程で行われた各講師との対話(非公開)を経て、2期「デザインとコミュニケーション」は幕を閉じる。受講生たちは9月末の成果発表展に向けて準備を進めていくことになる。

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