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09-1: 地域の記憶を記録する−メディア編

12月定例ゼミレポート(金川)

09-1: 地域の記憶を記録する−メディア編 12/18開催レポート(金川)

2020.03.24

テキスト・写真:金川晋吾

 にんげん研究会最終発表会。鳥取大学で19時開始。コーディネーターの蛇谷さんが最初の挨拶で「これからおこなわれるのは論文の発表でもないしアート作品の発表でもありません。ではいったいこれは何なのかというと、それは見て考えてもらえるとうれしいです」という内容のことを言った。

全部で一七人の学生が発表した。それぞれが自分の興味をそれに合ったかたちで表現しようと工夫していて、表現の多様さに驚いたし、自分も何かをつくって発表している人間として刺激をもらった。取材対象の人に宛てた手紙というかたちで発表する人もいれば、取材対象の人を自分で演じるという発表をする人もいた。映像を使う人や、写真を使う人もいたし、パワーポイントを使ったオーソドックスと言われるようなかたちでの発表の場合でも、そこでの話の組み立て方やイメージの組み立て方にそれぞれの個性があらわれていた。見ていて楽しかった。何よりも、学生たちも人の話を聞くという経験を実はちゃんと面白がっていたことがわかって、それがとてもうれしかった。

アンドレ・ブルトンは『ナジャ』という作品のなかで小説家のヴィクトル・ユゴーのエピソードについて書いているが、私は今回の発表を聞いてそのことを思い出した。

ユゴーはパートナーであったジュリエット・ドゥエルと毎日同じ道を散策し、大小ふたつの門がある家の前に来ると、ユゴーが大きな門を指して「車馬用門です、マダム」と言い、今度はドゥエルが小さな門を指して「徒歩用門です、ムッシュー」と答えるというやりとりを、数年間にわたって繰り返していた。ブルトンはこのエピソードを紹介したのち、「ユゴーの作品をめぐるどんなにすぐれた研究であろうと、彼が何者であったか、彼が何者であるかについて、これほどよく理解させ、驚くばかりに実感させるものがあるだろうか」と書いている。このユゴーのエピソードに似たような話が今回の発表ではたくさん聞けた。ほぼすべての学生の発表に感銘を受けるところがあり、今後何かのおりに思い出したくなるような話がいくつもあった。

今回の発表とこれまで見させてもらっていた7月や10月の発表とのあいだには大きな落差があったと思った。正直なところ、7月10月のときには学生たちが誰かの話を聞くということを本当のところでおもしろがっているのかどうかがよくわからなかった。それは7月と10月のときは時間が2時間と限られていたことが関係していると思う。

 

学生全員の発表が終わり、最後の締めの挨拶でも、蛇谷さんは総括のようなものはしなかった。これがにんげん研究会の基本的なスタンスなんだと改めて思った。いい論文や作品をつくるということを目指すのではないが、かといって、学生が豊かな経験をすることに重きを置いているのかというと、そういうことを明言するわけでもない。にんげん研究会が目指すものを明言しない。学生に方向性を与えようとしない。そうすることで、学生側の主体性を引き出そうとしているのかもしれないが、そういうこともはっきりとは言わない。

にんげん研究会がこういうスタンスをとっているのは、いわゆる指導をしてしまうことによって学生の可能性を狭めないように配慮してのことだろう。その気持ちはわかるしとてもおもしろい試みだと思う。ただ、そのやり方に消化しきれない何かを感じることもあった。たしかに教師の言葉が学生に強い意味をもってしまうことはある。でも、教師と言えどもそれは所詮は他人のひとことに過ぎないのであって、あまり配慮し過ぎずに思ったことは伝えるべきなのではないだろうか。私のような部外者の無責任な立場からすると、そう感じる部分がなくはなかった。実際の現場で学生と責任をもってかかわっている先生たちは安易にこんなことは思えないし言えないのだと思う。先生たちが親身になって学生のことを考えているのはよく伝わってきた。

また、そもそも学生に方向性を与えないということが本当に可能なのだろうかということも思った。それはおそらく程度の問題に過ぎないのかもしれないが、その程度の問題こそが重要なのかもしれない。にんげん研究会のこのやり方だからこそ実現できているものはたしかにあった。実際、学生たちの発表はおもしろかった。

今年のにんげん研究会では、私は「リポーター」という何なのかよくわからない立場から参加させてもらったが、こういう微妙な立場を設けてわざわざ外部をつくるいうのはとてもおもしろいと思った。今回は自分はあくまでリポーターとして外部から眺めるという立場にとどまったが、外部の人間としてもっと内部に参加していくということができればなおいいのかもしれない。


▲にんげん研究会に参加していた学生・岸野祐二郎くんが撮影した全体写真

 

金川晋吾(かながわ・しんご)
1981年京都府生まれ。写真家。神戸大学発達科学部卒業。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。三木淳賞、さがみはら写真新人奨励賞受賞。2016年青幻舎より『father』刊行。近年の主な展覧会、2019年「同じ別の生き物」アンスティチュ・フランセ、2018年「長い間」横浜市民ギャラリーあざみ野、など。2020年文化庁新進芸術家海外研修制度でアメリカに渡航予定。

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